ひたすら食べる事と故宮博物院の旅


    2002年11月

どこか行こうと考えていましたが、良いアイデアが浮かばないので、近場で美味しいものを食べようと台湾へ行く事にしました。とにかく安い事を条件に検索した結果ナイスホリデイツアー(UOC)とか言う聞いたことの無い会社で飛行機とホテルだけを予約して出発。なんとなく不安でしたが、やはり当初アンバサダホテルかシェラトンホテルのはずが、料金支払い後来た「ご案内書」に、ホテルは「インタコンチネンタル(台北華国大飯店)」となっていました[格が違うでしょうヨ]。まあよくある話で一杯食わされた感じですが、ホテルの名前からして屋根とベッドくらいはあるだろうと、文句も言わずあきらめて出発しまた。いつものように車を「海外ツーリストパーキング(今回のお土産は薩摩芋)」に預け多少不安なチャイナエアライン(CI)に乗り込みました。


台北

台北華国飯店(インペリアル・インタコンチネンタルホテル)
遅く到着したので夕食はホテル近くをぶらつき、名も無い食堂で戴きましたが、これが意外と美味い料理、幸先良いスタートでした。もちろんその場で練り上げた材料で料理していました。万頭と大根餅と豆乳のスープで大満足です。そのレストランの厨房とチーフ





中正紀念堂(記念堂ではありません)
翌朝は中正紀念堂、広大な25万uの敷地に高さ70mの建物、蒋介石を偲ぶ記念館で、なんとなくアメリカのリンカーン記念館に似ています。ちょうど朝9時開館で衛兵が歩哨に立つ時間に間に合いました。1階には孫文と蒋介石の偉業を伝える資料館、二人とも日本の学校へ行っていたこともあり、親近感を覚えます。
公園入り口の脇には健康に良いという小石が詰められた小道「健康歩道」があり、その上を歩くのです。市民は以前には健康のため、大きな木の根っこの上で足踏みをしていましたが、木が痛むのでこの小石道を造ったそうです。なかなか痛くて最後まで歩ける人は少ないようでが、MIは平気で歩いていました。


龍山寺
1738年に建立され260年の歴史を誇る台北でもっとも古い仏教寺院。観音菩薩・文殊菩薩・道教等の全ての神が祀られているので、どんな願いごとにも効き目があるとか・・・。極彩色で彩られた本殿には誰でもが圧倒されるでしょう。参拝者も多く、お線香の煙がもうもうとしていました。






県泰豊(レストラン)のランチ
大安森林公園の近くにあります。台北で最も人気のある飲茶「小龍包子」を出している一度は行きたいお店で、米国のタイムス紙でも紹介されたという有名店だけあって、列をなし順番をまつ人でごった返していました。さっぱりした味付けでシュウマイや炒飯や湯麺もあります。厨房では12、3人の調理人が汗だくで「包子」を盛んに作っていました。外は順番待ちの人で一杯です。



故宮博物院の最上階の茶塾
故宮博物院はもともと北京の紫禁城にあった収蔵品を革命前に台湾に運びこんだものです。見ごたえのある博物館です。世界の5大博物館は大英博物館・ルーブル美術館・メトロポリタン美術館・エルミタージュ美術館そしてこの故宮博物院と言われています。が、これまで5ヶ所全てを見学しましたが、大英とルーブルが他を圧倒しています。お気に入りの「翠玉白菜(白菜とキリギリス)」これが本物のようですばらしいの一言です。



士林の屋台
台北の食事といえばそれは屋台のこと、まずは士林夜市、ここが最も大きく食べ物から雑多なものがところせましと並べられ、屋根付き施設「観光夜市」の中は食べ物店がしきめきあって商売合戦です。想像を絶するものも売られています。
街角に石鍋料理屋「菜京火鍋」がありましたので食べてみることにしました。冷蔵ケースの中に肉魚貝類、野菜、豆腐等色別の皿に盛ってあり、好きなものを取ってくれば、係りの人がセットしてくれます。学生の多い町だけあって、若い人々で大いに盛り上がっていました。


台北駅から台湾鉄路局の自強号(特急)
台北駅から40分で「瑞芳」へ、駅からタクシーで15分、山の上に坂道や階段の多い古い町並みが現れるます。1890年ここで金が発見されるとゴールドラッシュとなり数十人の小さな村が大きな町となりましたが戦後金脈も尽き静かな町に戻りました。そして今や映画の舞台にもなったことも手伝い、観光地化して町が甦りました。細い路地には所狭しと売店や菓子屋・食堂等が建ち並び、内外の旅行者でごった返しています。
 九分伝統魚丸(魚のすり身団子)の店、これがまた美味い、十分な出汁と魚団子と麺のあじが良いところでドッキングしています。また、お菓子「張師父餅店の綜合一口栖」はお薦めです。


堅崎路と軽便路の交差点にある「小上海」
ここが映画「非常城市」で撮影に使われたレストラン。ここでコーヒーと鳥龍茶でブレイクタイムです。
これが噂の名物カキ氷「OK丸(九分裕紀行)の芋園」店前には「るぶぶ」が置いてあって、時間によっては行列ができるそうです。この店の奥は広く、テラスから海が綺麗に見えました。



基隆(チーロン)

基隆の港
九分からタクシーで40分、台湾の4大国際貿易港の一つ港町基隆へ、雨が多い町とか、晴れ女のMIと一緒なので心配はなし。スペインが1626年に、ここにサン・サルバドル城を構築したのが始まりだそうです。
ここには「基隆夜市」があり、地元民専用の露天が狭い通路に店が並び、魚・野菜・フルーツ・雑貨等がづらりと並んでいました。路地を鶏が「コケコッコー」と鳴いて歩いていましたが、それも商品でした。



淡水

MRT(無人モノレール)で淡水へ
淡水は台北の北、淡水河のほとりにある古くから世界的に知られた貿易港でしたが、今は基隆港に席を譲った状態です。歴史ある情緒ある町並みが楽しいです。子供達が遠足に着ていて大変にぎやかでした。スペイン人に作られ、後にオランダ人に持ち主が変わり、最後はイギリス領事館にもなった「紅毛城(サン・ドミンゴ城)」300年の歴史があります。


淡水のレストランの厨房
淡水名物は魚のすり身団子のスープ、「老店・淡水魚丸」のワンタン入りは塩味のさっぱりスープに魚丸が浮いています。次から次へと人が店に入り込み、お味は絶品でした
★★★★★。日本でもこれは売れると思います。





中正路には店がいっぱいあり万頭・焼き鳥・海老団子・・・。MIは中華風「部屋履きスリッポン」をゲットしていました。

台北

再び台北に戻り、三越Dが入っている「新光摩天展望台(224m)」に登りましたが。高いです。(値段&高さ)また、そごうD地下で調味料や茶器等ゲット、お土産屋より安いようです。そして、もっと安いDIHUA街へ行きました。
油化街の看板
漢方薬と中華食材が集まるグルメ党必見の油化街。清末に繁栄した街ですが今でも往時が偲ばれます。
漢方薬の他に、フカヒレ・燕の巣・熊の手・乾物・豆類・菓子・衣服などが並びます。
MIは松の実・くらげ・白木耳をゲットしています。




必ず紹介される東門餃子館(レストラン)
込んでいるから予約をとのことでしたが案外空いていました。定番の餃子(焼・水・蒸)をたのんで「酢辛湯スープ」とそばを追加、餃子はまあまあ良かったですがスープは
NGでした。いろんな雑誌で紹介されていますが、中身はたいしたことない感じですネ。三種餃子のパレードです。



饒河街観光夜市
南京東路五段近くの台北二大夜市の一つ、生活感にあふれていますが他の夜市と違って案外清潔感があり安心して食べられそうですが、あの庶民的な緊迫感がありません。
それでも皆さん、そうとうな食欲でした




孔子廟
学問の神様として名高い孔子を祀ってある廟1925年に建立さました。屋根の装飾や曲線の美しさがすばらしいとか・・・。
行天宮、宮殿式建築の寺廟。三国時代の名将「関羽」や民族的英雄「岳飛」らを祀っています。広い境内は線香の煙がもうもうとして、大きなテーブルにはお供え物が所狭しと積まれて、参拝者が説法を聴いていました。


民族文化館「林安泰古暦」
台北市四維路にあった屋敷を新生北路の先に移したもの、1783年から1823年にかけ建築されました。一族は福建省出身の林回公が2代目、山水の形式を有し、燕尾式の屋根を持っています。内部はさまざまな渋い彫刻が施され、中国の住居とは思えないようなシックなものです。入って左側の回廊は風情がありました。


街の中華風カフェテリア
ホテル近くの屋台村の一角にバイキング形式の台湾レストランがあり、昼時のサラリーマンたちでにぎわっていました。時代は変わりつつあるということでしょう。

美味しいものがいっぱい詰まっている台湾ですが、胃袋が一つしかないので残念なことが多くあった旅でした。
また、食べに来ます。再会・・・。